FOCUS
年頭にあたって


理事長
 金子 由美子
 
 新年明けましておめでとうございます。
 今年は、令和として新天皇陛下のもとに初めて迎えた新年、お正月となりました。また干支も子年で、十二支のスタートということになります。
 そして今年はオリンピックイヤーですね。その開催地が我が国であるということで、海外の選手をはじめ、訪問客が大幅に増えることが想定されます。日本においては1964年から半世紀以上経って二度目の開催となりますが、その二つの大会の背景を見ると大きな変化があります。前回の開催は秋でしたが、今回は夏で、しかも異常気象と言われるここ数年の日本の猛暑を考えますと、国内外の選手たちに非常に過酷な状況になることが懸念されています。招待国として、一般庶民の私でもとても心配になります。
 では、なぜこのような夏に開催するのかというと、背景に放送権の問題があると言われています。調べてみると、1984年開催のロサンゼルス五輪での経済的な成功以降、スポーツはテレビの放送権料のために商業化したと言われているようです。そこには、静止衛星を使ったテレビ映像の伝送技術の革命的な進歩が理由としてあり、それがスポーツの産業革命を引き起こしたのだそうです。現在さまざまなスポーツが世界各国に配信されていますが、夏には大きなスポーツイベントが少ないという理由で、夏季五輪は過去30年ほとんど7、8月開催で、それはテレビ局の大会取材に理想的だと考えられているからだそうです。つまり放送技術が進み放送権の獲得競争が激化、それがスポーツの商業化へ繋がり、言ってみれば選手ファーストではないような、経済ベース優先の時期設定になっていったようです。
 なんとか今年は猛暑にならないようにという気持ちですが、ここ数年日本を台風が直撃していることや地震国であることも考えると、さまざまな懸念材料を思ってしまいます。こうした環境問題は世界的に喫緊の課題であることが、昨年のCOP25を通しても報じられてきました。日本のみならず欧州の熱波、アフリカの干ばつ、インドでは大雨による洪水が繰り返され、またアマゾンでも大規模な火災、オーストラリアでも森林火災が収束しないという状況。日本でも台風による災害が続きました。こうした世界的な状況の中でも2018年は日本の被害が最大だったという評価が昨年末に出されました。にもかかわらず、CO2対策が提示できず、その意識の低さに対して「化石賞」という不名誉な賞を授かったことが残念です。
 気温上昇には人間の経済活動による影響が大きいことが言われて久しいわけですが、その状況が改善されない中で温室効果ガスを今のまま排出し続ければ、2100年には気温は最大4.8度上昇し、氷河の40%が溶け、その場合海面が最大1.1メートル上昇すると予測されています。そうすると南太平洋の島々は水没し、日本沿岸では高潮が相次ぎ、世界中で年間の沿岸の浸水被害は現在の100〜1000倍になり、極端な高温や大雨、大雪に直面する機会が増すと気候変動に関する政府間パネルは予想しています。この緊急に改善しなければならない環境問題が人間の経済活動によるものであるとすれば、私たちはどうしたらいいのか。人間の行き過ぎた経済至上主義を何とかしなければ生存が危ないということを、真剣に考えなければならないのです。
 経済至上主義というのは、言ってみれば経済を軸に物事を考えるということですよね。身近な例で言えば、ある物を買うときに値段が高いか安いかを判断の軸にして、ただ安ければ、あるいは高ければ良いといった見方で見てはいないでしょうか。実はその中身、内容が問題なのであって、それを見ずに判断している傾向があるように思います。そういった無自覚に経済を軸に考えていること自体が、社会が経済を中心に動いていく方向をつくっていはしないか。そうした意味で、オリンピックも、放送権つまり経済を軸にした時期設定ではなく、本当に穏やかな、選手たちが自分の実力が発揮できるような環境下での開催を願う世の中にならないと、と思います。
 そして、年明け早々に中東地域で大きなニュースがありました。アメリカによりイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官が殺害されたことから、大きな戦争になる可能性が言われています。一人の人間が別の人間の殺害を指示し、それが実行される。国を背負った時にはそれが正当なものとされ、その拡大が戦争になるわけですが、それが暗黙の了解になっている世の中だとしたら、これは大きな問題だと思うのです。イランとアメリカが敵対して約40年という中でも、これほどの緊張対立はなかったとも言われています。
 そして昨年12月27日、日本政府は中東地域への自衛隊派遣を閣議決定していました。中東地域の緊張緩和と情勢の安定化に向けた外交努力をするという名目で2月中の活動開始をめざすということです。日本は親米でもありますが、中東においても非常に信頼を得ています。これは日本が憲法第九条を持ち、どの国とも戦わないという前提のなかに中東諸国から信頼を得てきたことが背景にあると思います。しかし、こうしてなし崩し的に自衛隊を出していくように見える中で日本はイラン、あるいはアメリカに対して自国がどのような姿勢を取るのかを示せない。消極的な意味でどちらとも仲が良いから態度を明確にできないではなく、より積極的に双方を理解しているからこそ仲介役を買って出られるような日本国政府であることを心から願います。
 創設者は60年近く前から、こうしたことが遠い世界の問題ではなく、私たちが生きる同じ地球の問題であり、そして国を預かる方たちだけが考えるのではなく、一人ひとりが関心を持たなければならない時代であることを言い続けてくださいました。まさに今、その自覚をしないと自分たちの大事な地球を、自分たちの生存を危うくするということです。
 そして世界の重要課題としては環境問題のほかにも経済格差、移民・難民の問題、香港などに象徴される民主化要求の問題といったことが挙げられます。
 経済格差は日本国内でも言われていますが、貧困問題に取り組む国際慈善団体によると、世界で最も裕福な26人が世界で所有が最も低い半数、38億人の総資産に匹敵する富を握り、しかも貧富の格差は拡大し続けているとのことです。
 ではなぜこの経済格差が生まれるようになったのか調べてみると、一般的な論調として社会主義体制が破綻し、資本主義をベースにしたアメリカ一極の考え方が主流になっていく中で、市場万能主義の下、規制緩和が行われていったとあります。これを新自由主義と言うわけですが、こうした中にいわゆる「勝ち組」「負け組」という格差が拡大していったのです。
 日本においては高度経済成長期、初めての東京五輪が開催された1964年頃からその後の安定成長期までは、一億総中流意識と言われ、それが崩壊したのが1998年頃とされています。そのことに繋げて、昨年の全国講座の講義でもお話しした「増える共働きと減る専業主婦」という新聞記事に改めて触れたいと思います。1980年、専業主婦世帯は1114万、共働き世帯が614万。17年後の1997年にはそれぞれ921万、949万世帯とほぼ同数になり、さらにその約20年後の2018年には専業主婦世帯が606万、共働き世帯が1219万と推移し、約40年の間に専業主婦世帯と共働き世帯が、1997年あたりを一つの境目にして逆転したことをお話ししました。そうすると1998年頃と言われる中流意識、中流層の崩壊が、専業主婦と共働きが同数になった時期と時を同じくして起きていたということは、世界における新自由主義の台頭と共働き世帯が増加したこととの間に関連があるのではないか。そうしたことから考えると一般家庭において経済が軸になっていった時代が1990年代後半であり、その経済を軸にした家庭生活が、知らず知らずのうちにも世界の変化と一致して、定着していったのではないか。そして単純に見れば共働きで働き手が増えているにもかかわらず、格差が生まれ、さらに拡大している。このことをもっと検証する必要があるのではないかと思います。
 移民・難民問題にしても、歴史的には石油の利権などを巡る紛争や内戦、そして気候変動による飢餓や干ばつのなかで難民が生み出され、その数は昨年最多と報道されました。こうしたことも経済に関わる問題であり、今は米中の貿易摩擦が大きく報道されていますが、歴史的に国家間の経済を巡る争いは常に絶えないのです。足もとの日本ではIR誘致を巡る議員汚職、生命保険の不適切販売など金銭にまつわる事件が後を絶ちません。
 こうした問題から今の社会に行き詰まりを見るのです。そこに大きく次の三つのことを感じます。
 一つは物質的豊かさが幸せになるという幻想を持っていることです。物質的な豊かさイコール幸せということに行き詰まりを呈する現代に、創設者は目に見える現象世界だけではなく、人間には心の世界があり、幸せは物が与えるものだけではない。物があるから幸せでもなく、物が無いから不幸でもない。そこに感じる心が幸せ感に繋がることを説き続けてくださいました。
 そして二つ目は、現在は過去の繋がりの上にあるものなのに、過去を全面的に否定してすぐに成果を出そうとする姿勢を多くの国に見ます。特にアメリカの現大統領が前政権の政策を悉く否定し、繋がりを断つ中にさまざまな問題が出てきていることを感じますし、欧州諸国にも同様の傾向を見ます。さまざまな課題に対し、過去に溯って精査する必要が、それぞれの国にないだろうかと思います。
 そして三つ目に、これとはまた逆に時代をしっかりと見据えることなく、やみくもに踏襲を図ろうとする姿勢です。変化する時代にあって、伝統をそのまま継承することに終始し周囲から孤立していくような姿を見ます。敢えて言うならば自民党は憲法改正を結党以来の党是に掲げていますが、“改正”という形の踏襲に縛られているようにも感じます。先ほど申し上げたような、日本が培ってきた中東との信頼関係は何によって積み重ねられてきたのか。仲裁する人がいるということはとても大事なことだと思うのです。例えば私たちメンバー同士が時には言い争いになっても、両方の言い分を聞いてくれる人がいるから、お互いに理解し合い、より近づけるのだと思うのです。世界にもそうした役割があるとしたら、日本がそこに目覚めていけばその役が果たせるのだと、創設者は説かれたと思いますし、日本の背景に憲法第九条の存在があることをとても貴重に思うのです。
 私たちは、創設者の慧眼によって生み出された、この時代に要請を受けた教育論との出会いをいただきました。それぞれが学んできた年月の中で時代の潮流に流されがちになりながらも「人間にとっての大事な価値とは何か」を言い続けていただいてきました。過去から、親や祖先からいただいた徳を検証し、そして自分が何をどう継承し、受け渡していくかの確認作業を繰り返してきたと思います。そしてその価値を、生存をも危うくする時代にあってどう繋いでいくのかを、形だけの踏襲を排する努力と、変えてはならない価値は何か、変えてはならないものを変えないために、変えるべき形は何かの模索をし続けているのです。その努力の一つの通過点が今なのです。
 私は昨年の仕事納めの折の皆さんの発言に、感謝と、幸せ感に繋がっているものを感じました。継続してきたからこそ夫婦や親子が理解し合えるようになったと伺い、何度も相手に向かってしまう自分の心の内を先輩や仲間に聞いてもらい「相手を変えることはできない。できるのは自分を変えることだけ」との道理に基づき、自分と向き合う方向に導いてもらったからこそ、その幸せ感が皆さんの中に生まれたことを思いました。それは時代の潮流の中で物質的な、金銭的な価値を価値だと思ってきた私たちに「そこに心があるのよ」と、心を聞いていただき、自分自身を啓いたときに本当に幸せだと思え、自他共の心を大事にできるようになってきたことを思います。
 経済は大事です。でも経済だけが人間を幸せにするのではない。心や精神といった目に見えない、形のない世界を持っているのが人間だという自覚の大事さ。「人間とは何か」を知らずして教育を語ることの無謀さを、創設者は常におっしゃられ、人間は自然界に生かされているというリアルな現実を説き続けてくださいました。つまり人間はミクロレベルの見えない心、意識、精神を持ち、マクロレベルの自然界に生かされているということをまず知り、そしてそのことを実感していくこと。私たちはこの学びを通して自分の心を取り戻し、自己に気づいたときに、家庭という足もとの環境をも変化し得るという実証をいただいてきました。この人間を知る教育作業と実践を通した実証を自らに確認し、他者へ広げていけたら、少しずつでも社会や世界の方向性は変わるのではないかと思います。
 機械文明の中で機器を生み出してきた人間が、今その機器に溢れた世界で、機器のように心を失っていく危険を感じます。
 創設者は人間に内在している無限の可能性を説いてきました。この現代の危機をつくったのは人間ですが、この危機的な状況を救うのもまた人間に内在する無限の可能性なのです。この地球環境の危機は既に限界に近い状態にあることを、他者と共に自覚に上らせ共有していく。そうしたことを社会に広げていったとき、未来の子どもたちに少しでも良い社会を残せるのではないでしょうか。今、世界の若い層が大人に対して大きな疑問を呈しています。このことに大きな責任があることを先に生きる者として自覚し、私から、私たちからその責任を取る生き方をしていかなければならないと思います。
 グローバル社会の中で、皆さんの中にも子どもが海外で生活している方も多くいると思います。そうすると世界が仲良くしていくことと足もとの家庭が調っていくことは、まさに一直線上の問題です。目に見えない心の世界というものの価値を確認し、そして人間、私を知っていくこの学びをより広く啓蒙していきたいと思います。
 最後に今年は子年です。子年は変化の多い年ということと、種子の中に新しい命が萌し始める状態を表し、新しいことにチャレンジするのに適した年だとありました。
 『不易流行』という大事なものを大事な価値のままに時代に即した形にしていくのはとても難しいことですが、そこにチャレンジしていく心を持たなければと思います。そしてこの時代を生き抜いていく上で大事なことは、やはり自分の尊厳にめざめ、人間の、自分の中の無限の可能性を信じることだと思います。「残された資源は人間の中にある」と創設者は説きました。お互いにその確認をし合い、今年も皆さんとご一緒に歩んでまいりたいと思います。
 本年もよろしくお願いいたします。
(1月9日、新年運営会議から)
 
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